ザックリ書くブログ

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海賊とよばれた男 感想(ネタバレあり)

 

 

 ここのところ、映画三昧の日々を送っていたので、ため込んだフラストレーションを書いてきます(笑)

 

 とりあえず、今月初めに見た映画

 海賊と呼ばれた男

 

youtu.be

 

 

 永遠のゼロから続き、百田尚樹氏の映像作品にて主演を務める男、岡田准一

 映画館のポスターにて、「結局やらされた男」と題して国岡ライド?のPRのため、園長&世紀末スタイルまで受け付ける懐の広さを持った男である・・・。

(これがそのポスター↓)

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 いやこのイケメンさん、なかなかどうしてユニークである。

 演技もできて、パロディもできる、だれだこの完璧超人

 

 とまあ茶番はここまでにして、本題である。

 

 映画について(以下ネタバレあり、見てない人は見ちゃだめよ)

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 5点満点中4点

 これはね、非常に言いずらい。

 各役者のね、演技はすばらしい。演技力は疑いようはない。

 カメラワークもいい。逆境に立ち向かうという姿はいい。

 

 けどね・・・話が他人事というか、感情移入できなかったんだよね。

 正直終盤にかけて眠かった。けど演技などは文句なし。

 なので、そういう意味で4点をつけたい。

 2点とか1点は正直おごがましい。ちょっと失礼な気がするのだ。

 

 さて、映画の感想。

 最初から米軍の爆撃からスタートするのよね。

 永遠のゼロとは違うけど、爆撃に来る米軍、街を守りたいがために空に上がりたい搭乗員たち、足りない燃料と機体。

 「なんじゃーこれはー!!」

 「機体が!機体が足らんじゃないかー!!」

という、街を満足に守ることができない日本という、歯がゆい思いを共有するところから始まる。

 

 大戦末期であるし、B52迎撃ということだから、あの登場した機体は月光かな?

(間違ってたらすいまそん)

 

 空にやっとこさ上がり、一機でも多く撃ち落とす、街を守るとの強い思いとは裏腹に、簡単に迎撃され、撃墜される現実。

 

 「ちくしょう!!ちくしょー!!!」という搭乗員の魂の叫びからのスタート。

 ここが唯一の感情共有及び涙腺ウルッとポイントだったね・・・

 

 今回の映画は時系列が前後する。

 50代、60代の岡田准一演ずる国岡が出てきたと思えば、若い商店を起こしたばかりの時へと、行ったり来たりする。

 これも感情移入しずらい原因の、まず一つだと考える。

 

 国が燃えた、焼け野原になった、でも勤めていた商店は残っていた。

 「この国を、必ず立ち上がらせる」という大義名分を掲げる国岡。

 

 「おお、この爺さんは何者だ」からスタートする。

 

 でもね、ここで石統に行って「この国岡が頭をさげるけぇ」という展開になっても、

「なんのこっちゃい?」

 ってなっちゃうんだよね。原作を知っている人だったらまだしも。

 

 この国岡という男は何者だ?という考えを抱かせる狙いがあって、時系列をごちゃまぜにしたんだと思うんだけど、後からわかってきても

「あ、フーン」になってしまうんだよね、この頭を下げるシーン。

 

 なぜなら石統の社長、鳥川卓巳に嫌われているなんて、後から何十回も出てくるんだから。

(参考として、人物相関図)

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 だから、最初の「この国岡という男は何者なんだ?」という、興味を持たせる狙いはこの時点で外れているとしか言いようがないし、フーンで終わってしまう。

 

 だから非常にもったいないし、この後すべて時系列をバラバラにしたのも、感情移入しずらい要因になっていったのだと私は思う。

 

 

 私は漫画版を好きで読んでいたことがあるのだが、主人公の国岡鐵造に従業員としてだったら惹かれるワードがあったのだ。

 

 商店、そして商売は利益を、数字を上げるのが常であるため、青臭いとは思うだろうが、

 「この事業は、日本のためにやるのだ!」

 

 というテーマが一貫していた。

 そこが、私がもし国岡商店の従業員だったら「店主!店主!」と惹かれる要因であると思っていたのだ。

 

 だが、この映画は、そこが少ない!

 

 あくまで会社の金儲けという部分が強く感じれてしまったのだ。

 時として発してはいたものの、その動機付けが弱かったと思う。

 

 「俺たちの仕事は、日本のためになる!」

 「俺たちが一生懸命働くことで、日本は立ち直る!」 

 

 そういったかっこよさ、カタルシスが感じられないのが痛かった。

 

 例えば重油さらいのシーン。

 

 重油が簡単に回収できないと分かった後の酒盛り。

 「あんなの無理だ~(笑)」

 「できっこないで、早く帰ろうや~(笑)」

 「よーし!俺が明日、店主に言ってやんよー!(笑)」

と言ってたのが、一変。

 

 「店主が、やれだってよ」

 えー!?と動揺が広がる従業員。誰だってそう思う、俺だってそう思う。

 

 そのあとの動機付けである。

 

 

 「俺は、店主の役に立ちたいんだー!」

 

 ・・・お、おうである。

 そこがついていけない。

 

 「そうだな、店主のためにやるか!」

 「そうだそうだ!ここには爆弾が降ってこない!」

なんてやる気を出しているのだが、昨日の酒盛りでの勢いはどうしたんだ。

 

 店主にお前たちが思い入れがあるのはわかる。

 何かしら、この人のためにと思う点があるのだろう。

 

 でも、我々観客はポカーンである。

 なぜなら自分たちはそこまで店主に対して恩義を感じていないし、まだそこまでの思い入れがないからである。

 

 何かと頑張る店主、「店主のために頑張るぞー!」と燃える従業員。

 

 我々観客は蚊帳の外で、「一つの会社の従業員が何かの思い入れがあって頑張ってるんだな~」としか思えないのである。

 

 そこで、昨日までやめるように言ってやると言われていた軽い扱いの店主から、急に「店主のためにー!」なんて謎の忠誠心を発揮されるより、

 

 「俺たちがここの重油をさらわない限り、この国日本に石油は入ってこない!」

 「俺たちがしり込みしていて、誰がやるんだ!」

 「そうだ!俺たちが、俺たちこそが、日本再生の足掛か 

り、第一歩となるのだ!」

 

 というような、「俺がやらなきゃ、誰がやる!!」的な、熱い思いで必死に取り組んでいるほうが、何倍も感情移入しやすかったと思う。

 

 その他、試練を乗り越える、外資メジャーとの闘い、若いころの商売敵の出し抜き、苦労したラジオ営業、満州鉄道の売り込み、慣れ親しんだ従業員との死別、イランへの石油輸入の困難。

 

 これらすべてが、単なる他人の1会社の、なぜか店主・店主と慕われる魅力を持った人が行う、他人事の会社の成長物語としてしか、捉えられなくなったのだ。

 

 極論をいえば、途中から「知らんがな」の気分である。

 

 あー別れたの、大変だね~

 あー外資からの横やりがあったの、大変だね~

 あー取引の打ち切り?大変だね~

 あーなぜかよくわからないけど、いきなり「イランじゃけぇ!」ってなんのこっちゃ

 あー最後に手紙が来たんですか、よかったでちゅね~

 

になってしまうのだ。感情移入ができないせいで。

 

 描き方も、単に「店主!店主!」とあがめるのではなく、国岡鐵造自ら、「ひいてはこの事業は日本国国家のためである!」と大義名分で舵を取り、従業員一人一人が、「俺がやってやる、この国を立て直してやる!」という気概に満ちた若者としての側面も加えて描けば、「おお!頑張れ!」「やれるぞ!もっとだ!」というふうな、従業員が感じるカタルシスを観客と共有できたのではないかと考える。

 

 演技もいい、俳優もいい、ドラマもいい、困難を乗り越えるのもいい、でも単に一つ、他人事としての側面として、伝記として描きすぎ、感情移入できない他人事の教材映像としての描写となっているのがまことに残念と感じた。

 

 漫画面白いです

 本を見てない人はぜひ。